造血器腫瘍
私たちの体の中を巡る血液は、酸素を運ぶ赤血球、感染から身を守る白血球、出血を防ぐ血小板など、いくつかの種類の細胞でできています。これらは、骨髄にある「造血幹細胞」と呼ばれるもとになる細胞から分かれ、それぞれの役割を持った細胞へと育っていきます。「造血器腫瘍」とは、こうした血液の細胞ががん化する病気の総称です。特に白血球の仲間が悪性化することが多く、細胞の種類によって、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などに分けられます (図)。

徳島大学病院 血液内科では、この「造血器腫瘍」に対して、専門的かつ幅広い診療を行っています。最新の検査や診断法を活用し、化学療法を中心に、日本で推奨される「標準治療」を基本としながらも、患者さん一人ひとりの病状や生活背景に合わせた最適な治療を提供しています。近年、造血器腫瘍に対する治療は大きく進歩しており、分子標的薬や二重特異性抗体など、新しい薬剤が使用できるようになっています。さらに、造血幹細胞移植やキメラ抗原受容体発現T細胞(CAR-T細胞)療法といった先進的な治療も、安全に行える体制を整えています。
急性白血病(骨髄性・リンパ性)
急性白血病は、血液の細胞をつくる「骨髄」で、未熟な白血球(芽球)が急激に増える病気です。進行が速いため、診断とそれに続く速やかな治療開始がとても重要です。
症状
貧血による息切れや疲れやすさ、発熱や感染症の繰り返し、あざや鼻血などの出血傾向がみられることがあります。
検査と診断
血液検査で、白血球数や白血球の種類(分画)、赤血球数、血小板数の異常を確認します。
骨髄検査では、骨髄の中に異常な細胞(芽球)が増えていないかを調べます。さらに詳しい分類や予後予測のために、次のような検査を行います。
●フローサイトメトリー検査:細胞表面のマーカーを調べ、白血病細胞の種類を特定します
●染色体検査:染色体の異常を確認します。
●分子遺伝学的検査:FLT3、NPM1、BCR-ABL1などの遺伝子変異を調べます。
これらの結果をもとに、病気のタイプや重症度(リスク)を評価します。
病型分類
急性白血病は大きく「急性骨髄性白血病(AML)」と「急性リンパ性白血病(ALL)」に分けられます。
●AML:白血球のうち、好中球のもとになる細胞ががん化して増殖します。
●ALL:リンパ球のもとになる細胞が増殖します。
それぞれの病型には細かい分類があり、遺伝子異常の有無などによって、治療効果や再発のしやすさ(リスク分類)が異なります。
治療
最初に行うのは「寛解導入療法」と呼ばれる化学療法で、骨髄中の白血病細胞を大幅に減らすことを目的とします。その後、病型や患者さんの体力に応じて、「地固め療法」や「造血幹細胞移植」を行い、再発を防ぎます。
特定の遺伝子異常(例:フィラデルフィア染色体陽性)を持つ場合は、分子標的薬(チロシンキナーゼ阻害薬など)を化学療法と組み合わせます。ALLでは、免疫療法であるブリナツモマブ(BiTE®)を組み込む場合もあります。
骨髄異形成症候群(MDS)
骨髄異形成症候群(MDS)は、骨髄中の造血幹細胞に異常がおき、血液細胞(赤血球・白血球・血小板)のつくられ方に異常が生じる病気です。「無効造血(新しい血液細胞が作られる過程で、未熟な細胞が正常に成熟できずに骨髄内で破壊されてしまう現象)」・「異形成」・「血液細胞の減少」を特徴とします。一部の患者さんでは「前白血病」と呼ばれることもあり、血液細胞の数が減少し、進行すると急性骨髄性白血病(AML)に移行する場合があります。
症状
貧血による息切れや疲れやすさ、感染症にかかりやすい、あざや鼻血などの出血傾向などがみられます。無症状のこともあり、健康診断や他の病気の検査で偶然見つかることもあります。
検査と診断
●血液検査:赤血球・白血球・血小板の減少や形態異常を確認します。
●骨髄検査:骨髄の細胞に「異形成」(形の異常)があるかを調べます。
●染色体検査・遺伝子解析:MDSに特徴的な染色体異常(5q欠失、7番染色体異常など)や遺伝子変異(TP53、ASXL1など)を確認します。
病型分類
MDSは、WHO分類やIPSS-R(改訂版国際予後判定システム)に基づき、
●低リスク群:比較的ゆっくり進行
●高リスク群:急性白血病に進行しやすい
の大きく2群に分けられます。この分類は治療方針を決定する上で重要な指標です。
治療
治療は、リスク分類や年齢・全身状態に応じて選択されます。
●支持療法:貧血に対する輸血、感染症への抗菌薬など
●低リスクMDS:赤血球造血刺激因子(ESA)製剤、免疫抑制療法(抗胸腺細胞グロブリン、シクロスポリン)など
●5q欠失を伴うMDS:レナリドミド(特定の染色体異常に有効)
●高リスクMDS:DNAメチル化阻害薬(アザシチジン)が第一選択
●根治的治療:同種造血幹細胞移植(年齢・体力に応じて実施)
骨髄増殖性疾患(MPN)
骨髄増殖性腫瘍(MPN)は、骨髄で血液細胞が過剰につくられる病気の総称です。代表的な病型には以下の4つがあります。
●慢性骨髄性白血病(CML):主に白血球が増える
●真性多血症(PV):主に赤血球が増える
●本態性血小板血症(ET):主に血小板が増える
●原発性骨髄線維症(PMF):骨髄に線維化が起こる
これらはいずれも慢性的に経過することが多いですが、急性白血病に進行することもあります。
検査と診断
診断には、血液検査や遺伝子検査、骨髄検査などを行います。
●血液検査:赤血球・血小板・白血球の数や形態を確認
●BCR::ABL1遺伝子検査(CMLの診断に必須)
●JAK2 V617F遺伝子変異検査:PV・ET・PMFに共通して高頻度にみられる変異
→ JAK2V617遺伝子変異陰性の場合は、他の遺伝子変異の追加検査を行います。
●骨髄検査:細胞の過形成や線維化の程度、芽球の割合を評価
●脾臓の大きさの検査(超音波検査、CT検査など)
病型分類と特徴
病型 | 特徴 | 合併症 |
---|---|---|
慢性骨髄性白血病(CML) | 主に白血球が持続的に増加 | 急性転化(急性白血病化) |
真性多血症(PV) | 主に赤血球が増加し、血液が濃くなる | 血栓症、脳梗塞、心筋梗塞など 急性白血病への進行リスク |
本態性血小板血症(ET) | 主に血小板が増加 | 血栓と出血の両リスク 急性白血病への進行リスク |
原発性骨髄線維症(PMF) | 骨髄の線維化、貧血、脾腫 | 急性白血病への進行リスク |
治療
治療は病型やリスク分類、患者さんの年齢・合併症に応じて選択されます。
慢性骨髄性白血病(CML)
●チロシンキナーゼ阻害薬(TKI:イマチニブ、ダサチニブ、ニロチニブ、ボスチニブ、ポナチニブ)、新しい作用機序の薬であるアシミニブによる内服治療
●複数の薬剤が無効な場合や病期が進行した場合には、同種造血幹細胞移植を検討
真性多血症(PV)
●瀉血(たくさん採血して血を抜く)によって赤血球数を調整
●アスピリンなどによる血栓予防
●高リスク例ではヒドロキシウレア(抗がん薬)やルキソリチニブ(JAK阻害薬)を使用
本態性血小板血症(ET)
●高リスク例ではヒドロキシウレアやアナグレリドによる血小板数の抑制
●血栓症予防のためのアスピリン投与
原発性骨髄線維症(PMF)
●貧血や脾腫などの症状に応じた支持療法
●ルキソリチニブやモメロチニブによる脾腫縮小や症状緩和
●高リスク例では同種造血幹細胞移植が唯一の根治的治療法
悪性リンパ腫
悪性リンパ腫は、免疫細胞の一種であるリンパ球ががん化する病気です。リンパ節に腫れをきたすことが多いですが、胃・肺・骨髄・皮膚など全身の臓器にも発生することがあります。進行の速さや治療法は病型によって大きく異なります。
症状
首や腋などのリンパ節の腫れ、発熱、体重減少、寝汗などが初期症状としてみられることがあります。
検査と診断
診断には、腫れているリンパ節や病変を外科的に切除し、病理検査(生検)でリンパ腫細胞のタイプを詳しく調べます。さらに次の検査を行います。
●PET/CT、造影CT検査:全身の病気の広がり(病期)を評価
●骨髄検査:骨髄への浸潤の有無を確認
●ウイルス検査:HTLV-1、EBウイルスなどの関連を評価
病型分類
悪性リンパ腫は、「ホジキンリンパ腫」と「非ホジキンリンパ腫」に大別されます。非ホジキンリンパ腫はさらに多数の病型に分類され、進行の速さによって、速いものからゆっくりのものに分けられます。代表的な病型は次の通りです。
リンパ腫各論
主な病型と治療の特徴
1. 濾胞性リンパ腫
●比較的ゆっくり進行する低悪性度リンパ腫です。
●初期は無症状のことも多く、経過観察となる場合があります。
●治療が必要な場合は、抗CD20抗体を中心とした化学療法や放射線治療(限局期)を行います。
●再発しても長期コントロールが可能な場合が比較的多いです。
●再発の場合、症例よってはCAR-T細胞療法や二重特異性抗体を行うことがあります。
2. MALTリンパ腫(粘膜関連リンパ組織リンパ腫)
●胃や肺、眼周囲など粘膜に発生します。
●胃MALTリンパ腫はヘリコバクター・ピロリ菌感染との関連があり、除菌療法で治癒することもあります。
●進行例では抗CD20抗体療法や化学療法を行います。
3. びまん性大細胞型B細胞リンパ腫
●最も頻度が高い中〜高悪性度リンパ腫です。
●標準治療はR-CHOP療法(リツキシマブ+多剤併用化学療法)もしくはPR-CHP療法を3〜4週間ごとに6〜8コース
●限局期では放射線治療を併用することもあります。
●再発・難治例には自家造血幹細胞移植やCAR-T細胞療法も検討します。
4. 高悪性度リンパ腫
●DLBCLより悪性度が高く、c-MYC、BCL2、BCL6などの遺伝子異常を併せ持つ場合に診断します(ダブル/トリプルヒットリンパ腫)。
●初回から強力な化学療法(DA-EPOCH-Rなど)が必要となります。
●再発しやすく、CAR-T細胞療法の適応となる場合があります。
5. 末梢性T細胞リンパ腫
●T細胞ががん化する比較的まれで進行が速い病型の総称です。
●CHOP療法などを基本とし、初回治療後に自家造血幹細胞移植を検討することもあります。
●再発・難治例に対しては、新規薬剤(ブレンツキシマブ、ロミデプシンなど)が適応となります。
6. 成人T細胞白血病/リンパ腫
●HTLV-1ウイルス感染により発症します。
●急性型・リンパ腫型は進行が速く、化学療法や造血幹細胞移植を行います。
●モガムリズマブ(抗CCR4抗体)などの分子標的薬も使用されます。
●慢性型・くすぶり型では経過観察となる場合があります。
7. ホジキンリンパ腫
●若年者に多く、EBウイルスとの関連も示唆されています。
●化学療法(ABVD療法、A-AVD療法)を中心に高い治癒率が期待されます。
●限局期では放射線治療を併用することもあります。
●再発例では自家移植やブレンツキシマブ(抗CD30抗体)、ニボルマブ(免疫チェックポイント阻害薬)などを使用します。
治療
DLBCLなどの比較的進行の速いリンパ腫では、R-CHOP療法を基本として、6〜8サイクルの治療を行い、完治を目指します。再発例では救援化学療法や自家造血幹細胞移植、CAR-T細胞療法などを実施します。
濾胞性リンパ腫などの低悪性度リンパ腫(濾胞性リンパ腫など)では、症状が軽ければ経過観察を行い、必要に応じて抗体療法や化学療法を行います。
多発性骨髄腫
多発性骨髄腫は、免疫グロブリンをつくる「形質細胞」ががん化して増える病気です。骨の痛みや貧血、腎機能障害などを引き起こすことがあります。
症状
●骨の痛み(特に腰や背中)
●貧血による息切れや疲れやすさ
●腎機能障害
●高カルシウム血症による吐き気、便秘、意識障害など
検査と診断
以下の検査を組み合わせて診断します。
●血液検査・尿検査:貧血や腎機能、カルシウム値、異常なタンパク(M蛋白)などを確認
●骨髄検査:形質細胞の形態と割合を調べる。
●遺伝子・染色体検査:リスク分類(高リスク・標準リスク)を行う。
●画像検査(CT、MRI、PET/CTなど):骨病変や腫瘤の有無を確認
病型分類
治療の対象となるかどうかは、以下の症状や検査所見に基づき判断します。
●CRAB基準:骨病変(C)、腎障害(R)、貧血(A)、高カルシウム血症(B)
●バイオマーカー:高リスクの遺伝子変化や軽鎖比異常など
さらに、染色体異常や遺伝子変異(例:1q増幅、17p欠失、t(4;14))により、高リスクと標準リスクに分類し、治療方針の参考とします。
治療
初回治療:抗CD38抗体(ダラツムマブ、イサツキシマブ)、プロテアソーム阻害薬(ボルテゾミブなど)、免疫調整薬(レナリドミドなど)、ステロイドを組み合わせた3剤~4剤併用療法が主流です。
自家造血幹細胞移植:若年・全身状態の良い患者さんでは、初回治療後に自家移植を行い、治療効果を高めます。
再発・難治例:BCMAなどを標的とした二重特異性抗体療法やCAR-T細胞療法など、新しい治療を検討します。
骨病変への対応:抗RANKL抗体製剤、ビスホスホネート製剤、ビタミンD補充などで骨を守る治療を行います。
造血幹細胞移植・キメラ抗原受容体発現T細胞(CAR-T細胞)療法
造血幹細胞移植
重症例や再発・難治例に対しては、「造血幹細胞移植」が大きな治療の柱となります。徳島大学病院 血液内科は、日本造血・免疫細胞療法学会が定める移植認定施設であり、安全かつ円滑に移植を実施できる体制を整えています。
造血幹細胞移植は、移植する細胞の由来によって次の2種類に分けられます。
●自家移植:患者さんご自身の造血幹細胞を用いる。
●同種移植:別の提供者から造血幹細胞をいただく。
同種移植はさらに、造血幹細胞の採取方法によって次のように分類されます。
●骨髄移植
●末梢血幹細胞移植
●臍帯血移植
同種移植では、血液型を一致させる必要はありませんが、HLA(ヒト白血球抗原)と呼ばれる白血球の型をできるだけ一致させることが重要です。近年では、HLAが半分だけ一致したドナーからのHLA半合致移植も日常診療に定着しています。
キメラ抗原受容体発現T細胞(CAR-T細胞)療法
CAR-T細胞とは、患者さん自身のT細胞に、腫瘍細胞が発現する特定の抗原を認識できるCAR遺伝子を組み込んだものです。このCAR-T細胞を体外で製造し、体内に戻すことで、がん細胞を直接CAR-T細胞に攻撃させる治療法です。
現在、以下の再発・難治性の疾患に対して実施しています。
●B細胞性リンパ腫
●多発性骨髄腫
CAR-T細胞療法を含む新規の免疫・細胞治療は、従来の治療で効果が得られにくかった患者さんにも新たな選択肢を提供できる治療です。当科では、副作用管理を含めた安全な治療環境を整備し、チームで治療にあたっています。
最後に
造血器腫瘍(血液がん)は、正確な診断と適切な治療によって、治癒を大いに期待できる病気です。徳島大学病院 血液内科では、各分野に精通した専門チームが、遺伝子診断を含めた正確な病型分類と最新の標準治療に基づいた個別化治療を提供しています。さらに、地域の医療機関とも密接に連携しながら、患者さんを継続的にサポートしています。また、必要に応じて、造血幹細胞移植やCAR-T細胞療法などの移植・免疫細胞療法も、安全に行える体制を整えています。
「リンパ節の腫れ」「長引く発熱」「貧血」「骨の痛み」など、気になる症状がある方は、どうぞお気軽に当科へご相談ください。