大腸癌・大腸腫瘍
1.大腸の機能と癌発生
腸は消化吸収が行われた食物の最終処理をする消化管で、主に水分を吸収して排泄に都合のよい状況をつくり出します。大腸は約1.5mの長さがあり、口側から盲腸、結腸、直腸、肛門の順で構成されます。日本では年間15万人以上が大腸がんと診断され(全体の15.6%で最も多い)、5万3千人以上が大腸がんで死亡しています(全体の13.8%で2番目に多い)。
大腸がんの発生には遺伝的因子より環境的因子の比重が大きいと考えられており、大腸がんのリスクとしては食生活の欧米化(加工肉や赤肉)、喫煙、飲酒、肥満などがあげられています。逆に、中等度~強度の身体活動が大腸がんのリスクを下げるとの報告があります。大腸がんの発生部位としてはS状結腸、直腸で多く、約6割を占めます。
大腸がんは40歳ごろから増え始めますが、早期のうちに発見し治療することが重要です。早期がんでは症状が乏しく、40歳から1年に1度の検診を受けることが推奨されています。検診では2日分の便を採取し、便に混ざった血液を検出する便潜血検査を行います。
2.症状および診断
A) 症状
大腸がんは早期では無症状ですが、進行すると症状が出現することがあります。代表的な症状としては血便、排便の変化(便秘、下痢、残便感、便が細くなるなど)や貧血、腹痛、嘔吐などです。大腸がんができる場所により症状は異なりますが、より肛門に近いS状結腸、直腸のがんでは便の通りが悪くなることによる便秘、腹痛、便の狭小化が起こりやすく、一方で便がまだ固まりきっていない盲腸、上行結腸、横行結腸のがんでは進行しても症状が乏しく、貧血や腹部のしこりなどで発見されることがあります。
B)診断
検診で便潜血が陽性と診断された場合や、大腸がんが疑われた場合、大腸内視鏡検査や注腸造影検査、直腸診などを行います。大腸内視鏡検査で腫瘍が見つかった場合、組織の一部を採取して病理診断を行い(生検)、がん細胞を認めれば確定診断となります。がんと診断された場合、がんの進行度を調べるために血液検査(腫瘍マーカー)、造影CT検査、MRI検査、PET-CT検査などを行い、治療方針を決定していきます。
3.大腸がんの進行度
進行度(ステージ)については日本では大腸がん取扱い規約に従って分類されます。ステージは0から4までの5段階で分類され、がんの壁深達度(T因子)、リンパ節転移(N因子)、遠隔転移(M因子)の3つの因子を組み合わせて決定されます。基本的に早期の状態ではがんは大腸内にとどまっていますが、進んでくると周りのリンパ節に転移が生じ、さらには肝臓や肺などの遠い臓器に転移していきます。
0期はごく早期のがん(粘膜内がん)です。
I期はリンパ節に転移がなく腸管壁への浸潤も固有筋層までにとどまる状態です。
II期はリンパ節に転移がないが腸管壁への浸潤が深い(固有筋層を貫く)状態です。
III期は癌の深さに関わらずリンパ節に転移がある状態です。リンパ節転移の個数や場所によってN1aからN3に分類されます。
さらに肝や肺などの血行性転移、腹膜播種がある場合や遠隔のリンパ節に転移している場合はIV期(残念ながら初回に大腸がんと診断されたとき約20%の方がこの進行度となっています)となります。

4. 治療
治療法には内視鏡治療、手術治療、放射線治療、化学療法があります。
がんをすべて取り切れると判断した場合は、原則的には内視鏡的治療または外科治療が第一選択となります(場合によっては手術前に化学療法や放射線治療を行います)。
切除が困難なステージⅣの場合でも化学療法や放射線治療を行うことで、切除可能となれば手術を行うことがあります(コンバージョン)。

A)0-III期に対する治療
a)内視鏡治療
早期がんの定義はがんの深達度(深さ)が粘膜固有層、粘膜下層にとどまるものとされ、前述のステージ分類ではがんの深達度がTis、T1a、T1bのものになります。早期がんの治療法もそのがんの深達度によりさらに細分類されます。
粘膜内がん(Tis、Mがん):内視鏡的ポリペクトミー(EMR)、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)や、肛門に近い場合は経肛門的局所切除を試みます。予想通りの深さであり、取り残しがない時にはこれで十分な治療と考えられ追加の治療は必要ありません。
粘膜下層浸潤がん(T1、SMがん):早期がんでも一定以上の深さ(専門的には粘膜筋板を越えて粘膜下層に浸潤している)に達しているものを粘膜下層浸潤がん(SMがん)としています。SM軽度浸潤がん(T1a)ではリンパ節転移の可能性がほとんどないため内視鏡的治療が選択され、SM高度浸潤がん(T1b)ではリンパ節転移の可能性があるため(約10%)、外科的治療が推奨されます。また、内視鏡的治療を行った場合でも、切除したがんを顕微鏡(病理)検査して、いくつかの所見を認めた場合は外科的治療の追加を考慮する必要があります。


b)手術治療
大腸がんに対する手術はがんのある腸を切除するだけではなく、周りのリンパ節も取ってくることが主な目的です。
b-1)開腹手術か腹腔鏡下手術
外科的治療は従来の開腹による手術と腹腔鏡を用いた小さい傷の手術に大別されます。腹腔鏡下手術は従来のおなかを大きく切って手術をするのではなく、腹腔鏡(カメラ)を使ってする手術です。傷が小さい、術後の痛みや体にかかる負担が少ない、回復が早い、などの長所があります。開腹手術の既往の有無、腸閉塞の有無、腫瘍の大きさ、リンパ節転移の程度にもよりますが、技術の進歩により進行大腸がんにも安全に腹腔鏡下手術を行うことが可能となりました。ただし、腹腔鏡下手術は開腹手術とまったく異なる知識や技術が必要です。また、腹腔鏡下手術をマスターするには多くの経験を要することもわかっています。

b-2)ロボット支援手術
ロボット支援手術は執刀医が患者さんの隣に置かれたコンソールに座り、ロボットを操作し手術を行う低侵襲の腹腔鏡手術です。腹腔鏡下手術と同様におなかに小さな穴をあけて、カメラでおなかの中を観察し手術を行います。ロボット支援手術では高精度の3D画像、関節機能が付いた鉗子、手振れ防止機構などを有し、より繊細な手術が可能となりました。ロボット支援手術は2018年に直腸がんに対して保険適応となりましたが、2022年からは結腸がんに対しても保険適応となり、現在すべての大腸がんに対してロボット支援手術が可能となっています。近年急速に普及してきており、合併症などの低減が期待されています。

b-3)直腸がんに対する経肛門手術
直腸は骨盤という狭い空間の中にあり、さらに神経や重要な臓器(男性では精嚢や前立腺、女性では膣や子宮)に囲まれているため、それらを傷つけずに直腸にできたがんを切除するには高度な技術を要します。これまでのお腹から行う手術では、骨盤の狭い患者さんや腫瘍の大きい症例では骨盤の奥の操作が難しいという課題がありました。そこで骨盤の深いところ(肛門に近いところ)にできた直腸がんに対して、お腹からだけではなく、肛門からもアプローチする新たな方法が考案されました。
通常のお腹からの操作に加え、肛門からもカメラと鉗子を挿入し直腸を切除していきます。肛門に近い場所にできたがんは、肛門側から見れば非常に近い位置にあるため、良好な視野で確実にがんとの距離を保って切除することが可能となります。さらに肛門の筋肉や、周囲の神経もよく見えるため術後の肛門機能や膀胱機能の温存が期待されます。また、お腹からと肛門からと同時に2チームでアプローチするため手術時間を大幅に短縮することが可能となり、患者さんの負担を減らすことができます。

c)化学放射線療法(CRT)、化学療法+化学放射線療法(TNT)
肛門に近い下部直腸(Rb)や肛門管内にできた進行がん(T3以深)の場合、すぐに手術をせずに術前にCRTやTNTを行うことがあります。前述したように骨盤深部にできたがんは前立腺、膣、筋肉などに近接もしくは浸潤していくことが多く、大きな腫瘍は術前にCRTやTNTを行い、腫瘍を小さくしてから切除したほうが局所再発の減少につながる可能性が示されています。また、術前にこれらの治療を行った患者さんの約2~3割の方は腫瘍が完全に消失することが示されており、手術を回避できる可能性があります(NOM)。
また、これらのがんは直腸の周りだけではなく、骨盤内のリンパ節(側方リンパ節)に転移が起こる可能性があり治療の対象となります。側方リンパ節に対する治療は、手術による摘出(側方リンパ節郭清)もしくはCRTを行います。

B)IV期に対する治療
IV期に対しても原発巣や転移巣の切除ができないかを検討し、切除可能な場合は手術を考慮します。この場合、患者さんの体力そして摘出した後の生命を維持する臓器の残存機能が問題であり、さらにどこまで普通の生活に戻れるか(QOL)も重要な課題です。IV期全体の5年生存率は約20%ですが、手術可能な場合は根治や予後の延長が期待できます。診断時に手術が難しいと判断しても化学療法による治療は日々進歩しており、治療により手術可能となる場合や、長期予後が期待できる場合もあります。

C)化学療法について
大腸がんに対する抗がん剤治療には根治手術後に再発予防のために行う術後補助化学療法と、切除不能大腸がんに対する化学療法とに分けられます。
a)術後補助化学療法
予防的治療のために原則は6ヶ月で終了です。経口の抗がん剤(5-FU系)やオキサリプラチンなどの静脈注射による化学療法が行われます。
b)切除不能大腸がんに対する化学療法
1次治療では一番効果が期待できる薬から選んでいきますが、効果がないもしくは耐性が出てきた場合、2次治療、3次治療へと移行していきます。1次治療の薬はがんの遺伝子変異の有無や局在によって決めていきます。基本的には、治療成績をより向上するために抗がん剤に加えて、分子標的療法という薬を組み合わせて使います。これには、がんの微小な血管形成を阻害する抗VEGF抗体という薬や、がんの成長を止める抗EGFR抗体という薬が含まれます。さらに免疫チェックポイント阻害薬である、ペンブロリズマブも遺伝子変異を調べることで適応となることがあります(3~4%)。近年様々な臨床試験が行われており、治療薬が増え、個々の病状に応じた治療が求められます。治療に当たっては専門家とよく相談してから行うことが重要です。

〈抗がん剤〉
1.5-FU(ファイブエフユー)
この抗がん剤は古くから使用されているものです。5-FUの代謝産物が細胞の核内のチミジル酸合成酵素によるDNA合成経路を阻害します。またRNAを障害し抗がん作用を発揮するともいわれています。5- FUの作用を増強するものとして1-LV(ロイコボリン)がありこれは5-FUの抗がん作用であるチミジル酸合成酵素阻害を増強します。点滴での投与の他に、経口薬のテガフールウラシル(UFT)、ゼローダ、ティーエスワン (TS-1)等があります。
2. CPT-11(塩酸イリノテカン)
抗腫瘍性アルカロイドであるカンプトテシンから合成されたものであり生体内で活性物質のSN38に変換されI型トポイソメラーゼを阻害することによりDNA合成を阻害して抗がん作用を発揮します。主な副作用としては下痢や血球減少、脱毛などがあります。
3. オキサリプラチン
新しい白金製剤で、これまで胃がんなどで使用されていたシスプラチンも同様の白金製剤ですが、この薬に比べて腎臓の負担が少ない薬です。特徴的な副作用としては末梢神経障害(しびれ)があります。
〈分子標的薬〉
1.抗VEGF抗体薬
血管内皮細胞増殖因子 vascular endothelial growth factor(VEGF)あるいはその受容体(VEGFR)を阻害することで、固形癌に栄養補給する血管の新生を妨害します。副作用として高血圧、タンパク尿、鼻出血、創傷治癒遅延などがあります。
2.抗EGFR抗体薬
がん細胞表面のEGFR(上皮成長因子受容体)に特異的に結合し、EGFRへの成長因子の結合を阻害、がん細胞の増殖シグナルを遮断します。がんのRAS遺伝子変異を検査し、遺伝子変異がない場合のみ使用できます。特徴的な副作用としては皮膚障害(ざ瘡様皮疹、爪囲炎など)があります。
D)再発大腸がんに対する治療
再発大腸がんでも切除可能であれば切除が治療の第1選択となります。切除不能例でも前述の分子標的薬を含む化学療法や放射線療法を行い、切除が可能となれば積極的に手術を行っています。特に大腸がんの肝転移に対しては肝切除を積極的に施行しています。大腸がんは肝転移があっても根治し得る可能性のある疾患です。
